どようのつちのひクラシック音楽

どようのつちのひ 48

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ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲(1894)

少し前に紹介したドビュッシーからもう1曲。

https://studio465.net/tcy-column/130

フルートが活躍する近代曲を挙げていくと誰もが最初に言うであろう1曲。というより協奏曲以外でここまでフルートが活躍する曲というのは他に思いつきません。

オーケストラ楽曲ですが、フルートソロが全編に渡り重要な役割を務める曲で、ソロフルートの奏者名が記されている音源も多数あります。

「牧神」とはギリシャ神のひとり「パン」の事。
このパン、大変好色な神で、シリンクスという名の美しい精霊を追いかけまわした挙句、その手を逃れる為に水辺の精霊の助けを借りて姿を葦に変えてしまったシリンクスの葦を刈り取り葦笛にして持ち歩くというエピソードが有ります。「(そこまでして純潔を保とうとした)シリンクスを讃えて」という事らしいのですが、個人的には偏執狂的に感じます。その辺は物にも神が宿ると考えてしまう日本的な思想のせいかもしれません。

葦笛の事を「パンフルート」と呼ぶのはこのエピソードに依るものです。
また同エピソードより「シリンクス」とも呼ばれたりもします。

この様な理由で、牧神のポジションをフルートが担うのは必然と言って良いでしょう。

この曲はドビュッシーと同時代の詩人マラルメの「牧神の午後」という詩に影響されて作曲されています。

 

夏の気だるい午後、まどろみから目を覚ました牧神は葦笛を吹きながら先刻見た水浴びをする精霊たちを思い出して、その幻影に手を伸ばそうとするものの幻影は儚く消えてしまいます。その幻影を諦めきれず空想の世界へと入って行き、ついに空想の中でヴィーナスとの抱擁を果たした牧神。しかし、その空想もやがて消え去り、辺りは静寂に包まれます。その静寂に身を委ねる様に牧神は眠りにつく…。

というのが原詩とこの曲の大筋。

相変わらずな好色っぷりですが、ここは神話の世界。大変幻想的に描かれています。


ドビュッシーくらいの時代にもなると、楽器ごとの特性を意識した作曲が成されています。作曲家は楽器が鳴らしやすい音域や調性で曲を書いたり、意図的に鳴らしにくい音を用いる事で繊細な音楽を描いたりしました。

この曲はフルートの中音のCis(ド#)で開始します。
この音、フルートの楽器特性上かなり鳴らしにくい不安定な音なのですが、そこを逆手に取って曖昧で幻想的な世界の構築に成功しています。

ドビュッシーは「シリンクス」という曲名でフルートの独奏曲も書いています。こちらも近代フルート史に残る名曲として大変名高い曲です。この曲の開始音はB(シ♭)。先程のCis程では無いものの、この音もフルートにとっては結構不安定な音だったりします。

ちなみに、開始音が不安定という事は奏者にとっては凄まじく神経を使うという事と同義。吹く方としてはかなり嫌なタイプの曲です。